Fラン大学は不要なのか
Fラン大学は不要なのか

Fラン大学は不要なのか

公開日
May 2, 2026
カテゴリ
授業
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考察

 財務省が財政制度等審議会の下にある財政制度分科会で示した資料が話題になっています。「人口減少社会の中での総合的な国力の強化」と題された資料の「3.人材力・経済力の強化」に基づき、いわゆるFラン大学は不要なのかという議論が広がっているようです。

 資料によれば、18歳人口が減少しているにもかかわらず大学数は増え続け、現在では半数以上の私立大学が定員割れの状態にあります。規模の適正化を図るとすれば、2040年までに少なくとも250校程度、学部定員で18万人程度の縮減が必要であると推計されています。

 18歳人口の減少は今に始まったことではなく、1992年の205万人をピークに減少し続けています。文科省はこの間、進学者数の増加、留学生の増加、そして社会人学生の増加を掲げ、さまざまな政策を実施してきました。その結果、進学者数と留学生は増加していますが、社会人学生は十分に増えているとは言えません。私はここに日本の大きな課題があると考えています。

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なぜ社会人学生は増えないのか

 社会人学生が増えない理由として、私は主に二つの点があると考えています。一つは、学生時代の学びに十分な価値を感じられなかったという経験です。もう一つは、企業の経営方針です。大学院で学んだ経験を持つ経営層が少なく、働きながらの学び直しや大学院進学を企業は積極的に奨励していないのではないでしょうか。

 この二つは密接に関係しています。私がいつも言うように、根底にあるのは、大学がどれだけ価値ある学びの場を提供できているかという問題です。大学での学びに価値を見いだせれば、大学院への進学や社会人としての再入学といった選択肢が生まれてくると思います。また、企業の経営層が大学に戻って最先端の科学や高度な学びの意義を実感していれば、社員に対しても学び直しを積極的に支援する方向へと動くはずです。そうすれば、働きながら大学院へ行く社員への学費補助や、修士・博士号の評価制度など、具体的な制度的支援も広がっていくと思います。

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大学の意義とは

 大学で学べるということ自体、非常に価値のある経験だと私は思います。同じ空間でさまざまな人と一緒に学びに打ち込めるというのは、とても贅沢な時間の使い方であり、人生を豊かにする経験ではないでしょうか。

 話をFラン大学に戻しましょう。正直なところ、現在の大学数は多すぎるという印象は私も持っています。ただ、偏差値が低い大学が不要だとは思いません。重要なのは、学生が主体的に学びたいと思える環境を提供できているかどうかです。そのような大学が存続し、そうでない大学が淘汰されるのであれば、それは自然な流れでしょう。

 財務省は18歳人口を基に大学の適正規模を議論していますが、それだと大学を社会に出る前の教育機関としてのみ捉えているように思えます。

 しかし、大学は教育機関であると同時に研究機関でもあります。最先端の知を生み出す場であり、本来は社会に出た後も何度でも戻って学びたくなる場所であるはずです。人は生涯にわたって学び続ける存在であって、文科省が長年掲げているように、大学はそのための重要な拠点なのです。財務省が18歳人口でしか捉えられない背景には、大学の現状だけでなく、彼らが学生時代に大学の魅力を実感していないという点があるのかもしれません。

 今回の財務省の推計は、国民が大学の存在意義を改めて考えるきっかけになれば良いと思います。財務省の言うとおり、すべての大学がこれまで以上に教育の質向上に向けた努力をすべきなのは確かでしょう。一方で、企業側にも大学に対する認識の見直しが必要だと思います。現在は大学3年で就活をさせていますが、大学での学びの時間を圧迫しており、大学教育の価値を十分に尊重しているとはとても言い難い状況です。

 偏差値でどうこう語るのではなく、大学の本質についての議論がより活発になることを望んでいます。

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